<< 中国残留孤児対策の拡充を | main | 在大阪中国総領事館などを訪問 >>
中国残留孤児政策の拡充を
手記:調査訪中団に参加して/大滝正雄(横浜市議)
<公明新聞 平成17.6.7>

 4月4日から12日まで、中国養父母謝恩の会が主催した「残留孤児問題調査訪中団」の一員として、北京と東北三省の省都であるハルビン、長春、瀋陽の各市を訪れた。団の構成は帰国孤児三人と弁護士らを含めた十一人。目的は、〕槁稱譴里見舞いと聴き取りを行うこと∋栂姥瓢対策を所掌した中国当局者との会談戦後問題を研究する歴史学者と意見交換――などである。
 日本政府による残留孤児の集団訪日調査が始まったのは、日中国交回復から9年後の1981年であった。99年には国の調査は終了し、永住帰国を果たした孤児は約2千5百人。数多い「戦後問題」の一つが解決したかに見えた。しかし孤児問題は今「自立」と「人権」という、新たな課題に直面している。
 やっとの思いで帰国した孤児たちだが、言葉の壁や自身の高齢化が障害となり就職難、低賃金労働、不十分な社会保障等で「自立」とは程遠い状態にある。厚生労働省の99年調査でも、生活保護受給者が孤児全体の65%超。就労率は29.2%でしかない。
 中国外交部(外務省)の朱桃英領事司副司長は「孤児問題の適切な解決は中国政府にとっても重要」と訪問団に強調した上で、帰国した孤児に「養父母のために親孝行するよう伝えて」とも述べた。だが生保受給者の場合、海外渡航は難しく、親孝行したくても出来ない事情がある。
 中国養父母の高齢化も一段と進む。生存は200人ほどと聞いた。「自分が生きることさえ困難な時代に、日本人の子どもを育てた養母は、孤児が日本に帰ってから、孤老のままだ」。孤児問題を追い続けている遼寧省社会科学院の張志坤氏は具体例をあげた。「出来れば日本と中国の間を鳥のように自由に行き来したい‥」。一人の養母の言葉を、氏は『常回家看々』という詩句に心情を重ね紹介した。かけがえのない家族にいつも帰り集う、との意味だ。
 「親孝行したい」「人間らしく生きるための保障を」と、訴える孤児たちは、02年12月、国家賠償請求訴訟を東京地裁へ提訴。国は孤児の早期帰国と自立支援の義務を怠った、という理由である。すでに全国十四地域において1948人(5月22日現在)の孤児が原告となっている。帰国者の8割。この数が、孤児たちの生活の厳しさと、将来不安を十分に物語っているといえよう。
 公明党は、03年10月に「中国残留孤児に対して救済措置を求める議員連盟」(座長・高野博師参議院議員)を設立。帰国孤児の多い東京と神奈川など首都圏で、11万3千余人の署名も得た。昨年12月14日には、孤児代表と浜四津、松両参議院議員らが尾辻秀久厚労相と会い、署名簿の提出と孤児政策拡充を強く申し入れている。
 戦後の長期間、余儀なく半生を中国で生きてきた残留孤児たちだ。日本人である彼らが帰国しても、ふさわしい支援が届かず、将来不安に加え、人権さえ侵されかねない「冷たい祖国」であってはならないと思う。集団訪日調査が盛んな頃、彼らは真の「日中友好の架け橋」と期待され、歓迎を受けた。「孤児問題の本質に日本人がもっと関心を寄せてほしい」と、前述の張氏は強調する。孤児の幸せは、中国養父母の幸せであり、両国の友好増進にも直結する政治課題だ。7人の養母を始め多くの関係者と語らい、それを実感した訪中であった。(写真付き:ハルビン市郊外に住む養母・謝桂琴さんと写真に収まる訪中団メンバー)

| ootakimasao | 論文・投稿記事等 | 15:43 | comments(0) | trackbacks(0) |









http://blog.ootaki-masao.com/trackback/413261
横浜市会議員大滝まさおのブログ

大滝まさおBlog

      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

このページの先頭へ